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リンク検索では「×」なんていう記号は無視される。 |
| リファラを覗くと、掛け算で検索してくる方がいる。 いや別に構わないよ。 萌えは人それぞれだし。 うん、気持ちはわかるよ。 サイトも少ないしね。 ブログだけとか携帯サイトとかは検索サーチは載せてくれないしね<ジャンルにもよるんですが、逆転裁判はこういう条件になってるます。 個人的にですが、同人サイトは携帯なんかで気軽にやっちゃいけないと思っています。「ケータイでは簡単に読めない」というのも私の作っている「敷居」です。フラッシュは作れないからフレーム使ったりして阻んでます。大人は頑張ってPCで読みに来て! けど、ないんだよね。オイラのブログには。 その掛け算は無理。匂いもしない。 掛け算、さあ。 誰か検索しておくれよ。 主人公×弟とか。 水候補×炎候補とか。 着流し×ヘタレとか。いやヘタレ総受けでも筋肉執事でもいい。奈落はもうちょっと待って<待つと何が起きるの?!<抑もそのシリーズでは誰も検索してこないよ? 何でオイラのお気に入りでは誰も検索してくれないの? 何でみんな他の掛け算なの? ここでもボクは孤独なの? ごめんね。期待する物がなくて。 キミも孤独なんだね。 きっと逢えるよ。キミの仲間に。 どうやって? 描けばいいんだよ、キミがそれを! そしたらきっと仲魔ができるよヽ(゜∀。)ノ |
萌え。 |
| 萌えキャラ。 オッサン、外面如菩薩内心如夜叉、変態鬼畜眼鏡、お莫迦可愛い、へたれ、スットコドッコイ、コヤスっぽいもの、ヒロっぽいもの、シオザワっぽいもの、おねえさま、お世話焼き。 萌え傾向。 相思相愛、ばかっぷる、疑似家族、身長差、体重差(自分的新機軸)。 「ボクはキミに逢うために生まれてきたのかもしれない」的なもの。 「あの日あの時あの場所でキミに会えなかったらボクらはいつまでも見知らぬ二人のまま」的なもの。 「君といるだけで心が強くなれること何より大切なものを気付かせてくれたね」的なもの。 「これはキミの物語だ」的なもの。 特定の作品について、「これは○○×●●」とか言い出すと本当にキリがないです。 まあ、作品について語っていると、ああこの人は今、○○×●●なんだな、というのが透けて見えますね、オイラは。 もちろん、必ずしもそれを書いているとは限らないんですが。 多分、書くことに癒しを求めているところがあるから、行動原理は「大好きだよ!」なんだと思います。 追記・Weiβっぽい物やダグオンっぽい物(含・声優さん)への罵詈雑言は、全て愛情の裏返しです。罵倒すれば罵倒するほど、あ・い・し・て・る・! 素直に好きと言えない、獰猛なオトメ心。 この辺りから、声優さんが殆ど年下になっちゃったせいだと思いますね>バリゾーゴン。 ダグアーマーとダグドリルだけが、ものすごく辛うじてお兄ちゃんだ。よかったわたし年末生まれで。 |
負けるな腐女子 |
| そのうち揺り返しが来るだろうなとは思っていたのだけれど、最近、アンチBLの時代だなと感じる。 あるいはアンチ腐女子、というべきか。 私はヒキコモリなので、外の状況はよくわからないのだけど、ネットで見ている限り、男の子は腐女子が嫌いだし、女の子の中でも、BL好きが嫌われていると思う。 そもそも、男の子が女の子全般を嫌いだ。 これでは、いくら女の子が頑張っても無駄だ。 真面目な話、単為生殖できる研究をした方がいいのではないか、とすら、思う。 閑話休題。 BLは一過性のブームだろうという印象は、最初からあった。 若い女の子向けの男女のポルノが出てくれば、BLは廃れる。 もはや若い女の子たちは代理の受け男子を必要としない。 それは、正しい感性だと思う。 だけど、昔から、それはそれは昔から、そういう「少年愛」に萌える層は存在していた。 それは、70年代にポッと生まれたのではなくて、本当にもっともぉーっと昔から、連綿と存在していたと思う。 そういう一定の層は、多分、未来永劫、女人禁制の恋愛に萌える層として、存在し続ける。 実際に異性愛者か同性愛者かは関係なく、セックスファンタジーが同性愛なのだ。 まあ、こればっかりはどうしようもない。 そういう人はいるのだからしょうがない。 今現在は、本当に、あっちにもこっちにもBLがあふれているから、意外とそのファンタジーには困らない。 わざわざパロディで捏造しなくても、という気持ちは、よくわかる。 大抵はそれで片がつく、と、私も思う。 ただ、物を描く層、つまり同人屋になってくると、ただそれだけでは片がつかない。 火のないところに煙を立てないではいられない。 多分、年齢が上がれば上がるほど、そうなってくると思う。 用意されたBLカップルは、もうそこに「できあがっている」ので、自分たちが手を加える必要を感じない。 出来合いではない物を、パロる。そういう訓練ばかりしてきた。大体中学生くらいから訓練が始まってるから、もう他の方法が思いつかないのが、今もう、40くらい。 BLを底本にしないのは、やりにくいからだ。 なぜならそこには既に「公式カップル」が存在して、そして「脇役」もいつかスピンオフして恋愛を始めてりしかねない。そうすると、「私のドリームが公式に否定される」という悲しい状況を味わう。 BLが底本でなければ、「初手から公式ではない」から、傷つかなくてすむ。 オタク少女(年齢不問だけど多分ほぼ全員100歳未満)にとってこの「傷つかなくてすむ」というのは、とても重要です。はいここ試験に出ますよー<何が。 オタク少女が気に入れば気に入るほど、メインのお話とは別に進むキャラクター同士の恋愛だの結婚だのは、タブーになっていく。 これはBLだけの責任ではないとは思うけれど。 乙女ゲーユーザーが、「コミカライズやアニメ化では特定のキャラクターとの恋愛エンディングを描かないで」というのだからなあ。 気持ちはすごくわかる。 つまり「私の好きな○○君以外のキャラクターが公式にヒーローになる」ことで傷つきたくないのだ。 萌える方向へ特化すればするほど、恋愛小説は書きにくくなる。 恋愛至上主義の乙女ゲームで、恋愛エンドを否定するとは、何という二律背反だとお思いだろうけれど、乙女心とはそういうものです。 ヲタク少女たちの多くは、どうしてもこうやって「恋愛レースから降りて」しまいがちだ。 フィクションの異性との恋愛レースを棄権してBLに走るのも、恋愛を描いて欲しくないというのも、多分同じ根っこだ。 恋愛レースから降りない、それが敗北でも見届ける気概のある乙女がBLを否定するのは当然だと思う。 だけど、一緒になって恋愛レースを降りている女子は、ホントは、腐女子の仲間だ。 ただ、そういう訓練を受けずに育った、恋愛に関して捻くれていない子どもたちだから、BLを否定するということがアイデンティティーになる。 だけど、腐女子は攻撃対象になっても萎縮する必要はない。 百年前にも腐女子はいた。断言してもいい。少なくとも90年前にはカクジツにいたよ。 多分百年経ってもいる。 千年前にもいて、千年後にもいるんじゃないかと思う。 そして、腐女子というのは私は「妄想力のエリート」だと思う。 自分を腐しつつも、ちょっとだけ自信を持っていい。 妄想は何かを作る原動力になる。きっとなる。 ちょっと人とは違うところにいる。 それが腐女子のステータスだ。 今のキミたちは、四半世紀前のボクらだ。つまり、キミたちのお母さんもやっぱり、そういう「異端」だったってコトだ。 それでもものを作り続けてきたら、今がある。 自信を持って、前へ進めばいいよ。 |
他人事ですが、地球へ…が気になります。 |
| mixiからの転載というか加筆訂正というかなので、あっちの方が、討論になってます。 mixiを見られる人はmixi・・・を、もう見てるか(^^ゞ あと、あんまり楽しい話題ではない、かもしれないです。 週末のイベントを楽しみにしている人には、向かないエントリかもしれないです。ごめん。 (赤文字部分追記17:18) さて、気になるのは、作品としてというより、同人ヲタとしてなんですが。 まあ、今も昔も、そっち系で萌えている人はいるわけですよね。 去年はテレビアニメ化されましたしね。 ウチのお母んなんかも見てたみたいですよ<いやお母んは萌えで見てたわけではないと思う。さすがに。 人気ジャンルですから、オンリーイベントなんかもありますね。 実は去年、同会場・同ホールをパーテーションで仕切って、仕切の向こうが地球へ…オンリーだったという経験をしたのですが、大変、あっちの居心地がよさそうでした。年齢層的に。 多分私はあっちへ行った方がたくさんお友だちができる。カクジツに。あの時はそう思いましたね。 いやいやいや逆転居心地が悪いワケじゃないよ。 牧のうどんの悪口言われても(゚ε゚)キニシナイ!! <気にしてるじゃないか。 ※ちょっと長くなるので畳みます。続きは[もうちょっとだけ続くんじゃ]をクリック。多分。 [もうちょっとだけ続くんじゃ] |
「好き」にはスゴイ力があるんだよ! |
| アニパロとかゲームパロを書くようになって、気付いたことがある。 それは、何かお話を書くに当たって、「好きなものを書く」というコトの大切さだ。 好きなものを好きなように書くのは、当たり前のように言われるけれど、意外と難しい。 自分のオリジナルだったら、敵役や、憎まれ役まで含めて、自分が生み出した子たちだから、全部大事だ。 だけど、他人様の世界観を拝借するパロディとか二次創作とかいうモノになると、どうしても好きなキャラクターと嫌いなキャラクターがいる。 連続物だと思い通りにならないことも多い。 設定が破綻して、どげんかせんといかん、という気分になることもある。 まあ、ダメなモノはダメだからしょうがないんですけれどね(^^ゞ ダメ、と、嫌い、は、実は違う。 ダメでも好きな物はあるし、好きでもダメな物はある。 ダメだけど好きだ、好きだけどダメだ、という感性は、多分、子どもの内はわからないんだろう。 どんなにダメでも、好きであれば、優しくなれるはずだ。 好きなものを書けば、どんなに悲しい物語でも、優しくなる。 その優しさは、甘やかしではなくて、何ていうんだろう。 ぜったいに、とは言わないけど、伝わるはずなんだ、読んでくれる人に。 実はこの世には「仲間に厳しめ」というカテゴリのあるジャンルが存在する。 主人公以外のキャラクターを嫌悪したり憎悪したりして、その憎しみを糧に創作している。 それは、読んでいてもとても辛いし、書いている人もとても苦しそうだ。 だって、好きじゃないものを書くんだもの。 今のところ、ひとつのジャンルでしか聞いたことがないけれど、これは広まらないで欲しいと思う。 私はその原作を未プレイだけれど、もしかしたら、ダメなのかもしれない。 たいそう売れたようだけれど、売れたからってダメじゃないとは限らないのは、目の前のソフトが体現している。がっかりだよ。 ダメだけれど愛おしくてたまらないので、私は彼らを借りて物語を書いている。 「好き」には、ダメを超越するパワーがある。 嫌いとか憎いとかいう負の感情にもものすごいパワーがあるけれど、そんな超常マイナス飛びきり全壊パワーは、悪の超能力者が地球を滅ぼす用にとっておけばいい。 いうなればこれも、言霊の一種だと思う。 好き。大好き。 そんな言葉の力の方がいい。 せっかく遊ばせてもらうなら、人に優しくしたいじゃないですか。 さて、ここでひとつ白状しよう。 いま私の脳内では、101回目のプロポーズの時の武田鉄矢が、贈る言葉をBGMに佇んでいる。 ヒトは、誰かが好きだったら死なないでいることもできるし、人に優しくなれると思う。 ネタ元がよくわからない人は、「101回目のプロポーズ」や「贈る言葉」で検索すれば、どんなステレンキョウな状態か、ガッテンしていただけると思います。 ブログパーツにガッテンボタンってないのかなあ<ホントもう何書いてるんだよ自分・・・。 |
執事がこんなところにいたぞ! |
| http://static.ask.jp/camp/we/jeeves.html メイドさんの次は執事が流行る。 そんな予感。 |