謎の踊るダメ人間ヽ(゜∀。)ノ
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放置しすぎていたので、父の思い出でも書こうと思う。
 父は昭和11年、名古屋の生まれである。
 父が高校生の頃、「ゴジラ」という怪獣映画が公開された。
 体育祭で、父はゴジラの着ぐるみを作って仮装行列に参加したという。
 ……どう考えても高校三年生、つまり受験生です。本当にありがとうございました。

 後々、私がミンキーモモのコスプレをしようと企てたとき、受験前に何をやっているのだと父に酷く叱られたのだが、祖母は「あんたの子だに。同じだが」と名古屋弁で叱りつけた。
 これが最後の父と祖母の親子げんかになろうとは。
 ほんとすみません。
 生まれてきてごめんなさい

 祖母も父も今はもういないのだが、もしかしたら父は「17歳がミンキーモモ変身前とかマジ犯罪氏ね」と思っていたのではないか、と、時々思う。
 あ、衣装は後輩から借りました。

 元祖コスプレイヤーとまではいわないのだが(多分、もっと古くからこういうことをやらかす人はいたに違いない)、オタク向けサブカルチャーである特撮映画の、着ぐるみ作って仮装行列(マスカレイド)なんていうのが、第一回日本SF大会(1962年開催である)より前に行われていたというのは、たいへん、とんでもない
 この親にしてこの子ありというところか。

 父はオール怪獣大進撃辺りまではゴジラを漏らさずに見ていたのだが(もちろん私が一緒に)、ゴジラ対メカゴジラの年に単身赴任で地元におらず、見に行った私がキングシーサーがいかにお莫迦可愛いかについて熱く語って以来、ゴジラから完全に遠ざかってしまった。キングシーサーは可愛いよね!
 そして、1984年のゴジラの復活を待たずに、その前年、47歳でこの世を去った。


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テーマ:*コスプレ* - ジャンル:サブカル

ムカシ女子高生だったボクらは、いつの間にかドロンジョ様の年を追い越して、ガンちゃんやアイちゃんのお母さんの年になった。
 そして、ドロンジョ様の年の頃の自分たちがまだ若くて可愛くて、そして、どこかにドクロストーンがあると、どんな夢も信じればかなうと、信じていたことを覚えている。

 だから、新しいヤッターマンのエンディングは、何だか普通の、だけどちょっともう草臥れた、20代の男子女子に見えて、ちょっぴりせつなくなったりするんだ。
 雨の中、こぬこ拾っても、あたしの部屋はペット禁止なんだ、ごめんね、って思ったり。あと5年かそこらあとだったら、自分のお金でマンション買って、こぬこの一匹くらい飼ってあげられるのに。
 今のボクちゃん超かっこいいよって粋がったり。5年後にはのたうち回るくらい恥ずかしいんだけどね、出て来ちゃうんだな大掃除のときに、当時のジャケットとかベルトとかが。
 けど、オレたちより子供の方が元気いいなあ、あはははは、って敗北感感じたり。5年後には腹が出るんだけどね、敗北感以前の問題として。もうてんでダメになるんだけどね。

 あの絵に、なぜ「天才ドロンボー2008」を作ってかぶせなかったか、おかーちゃん不思議でしょうがないよ!
 オープニングもアレだろ。山本正之とピンクピッキーズで録り直しだろ、常識的に考えて。

 ターゲットはロートルじゃなくて子ども?
 このバカチンが。
 30年前の小中高生でいいんだよ、ターゲットは。
 子どもの財布を握ってるのは、当時小中高生だったパパママなんだよ。
 パパとママはタイムボカンとドラえもんで育ったんだから、三悪のCDにうっかりカネを落とさないわけがない。

 OPを山本先生に、EDを三悪に、曲というか歌を差し替えるだけでいい。
 そしたら、このタイムボカンは歴史に残る。

TWIN BEST タイムボカン 名曲の夕べTWIN BEST タイムボカン 名曲の夕べ
(1998/12/02)
TVサントラ、山本正之 他

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テーマ:ヤッターマン - ジャンル:アニメ・コミック

若い同人屋さんの、素直な感覚だなあと思ったよ。
 大変今さらなんだが、「漫画描きと小説書きの間の見えない壁 」というタイトルのブログを見つけた。
 書いているのは30代のお嬢さん。
 絵描きさんであるようだし、字書きさんに酷い目にあったのだなあと感じる。
 気の毒なことだが、それだけ描ける人だったんだろう。描ける人は妬まれやすい。

 昭和の50年代の前半、コミケットなんかがまだあったりなかったりくらいの頃は、小説の同人誌は敷居が高かった。
 宇宙塵とかね、とても、中学生の小娘が入り込める世界じゃない。
 その点、漫画は、中高生でも手軽に入り込めたから、爆発的に広がったんだと思う。
 上で栓をする人がいなかったワケだ。

 で、オイラもその、ご多分に漏れず、「楽だから漫画の同人誌」を始めたザマスよヽ(゜∀。)ノ
 下手だったけど。
 ろり絵だったし、まあそこそこ。
 ・・・ごめんなさい嘘です過去形じゃないですぅ_| ̄|○<そこそこのところじゃなくてろりなとこ。

 まあそれでも一応、子どもの頃から文学部に行くと決めてたから文学部に行って、小説の同人誌も出しやすくなったから(ワードプロセッサ様は神様です)、小説に戻ってしまったけど。

 絵描きのワガママにはホント、泣かされたなあ。
 絵描きは大変なんです大変なんです大変なんですぅ! って騒いでるけど、そのベタくらいオイラ塗ってあげるよ? 指定してくれたらトーンだって貼れるよ? 集中線だって引けるし、手で点描も描けるよ?
 印刷に出ないからベタをムラなく塗れって頼んでも毎回ムラムラだしさ。
 いやあ。
 21世紀っていい時代だねえ。
 集中線も点描もトーンがあるし、デジタル原稿ならベタムラなしだ! ひゃっほぅヽ(゜∀。)ノ<心底喜んでいるのは私ですごめんなさい。

 小説なら簡単に書けるでしょったって、「漫画だとネタで済むことが、小説だとちゃんと資料に当たって嘘を書かないようにしないといけない」んだね。
 絵を一枚描けば終わる背景だって、小説はそんな楽できないんだよ。

 つまりだ。

 逆の立場になれば、相手が楽してる、ズルしてる、って見えるわけだ。
 極端な話をすれば、「基本的に自分の絵は同人誌に入れない」ことにしてる御厨さんは、「扉とか挿絵とか、オレ様ちゃんのページなんだから自由自在に入れちゃうよ」という綾辺さんが憎い<同一人物なわけだが。
 一方綾辺さんは、「御厨さんパロディだから同人誌いっぱい読んでもらえていいなあ」と思ってる。イヤ今のジャンルは半端なく売れてないわけですが。どうしよう自分。このままでは綾辺さんに負けてしまうではないか。洒落にならねえ!

 小説が楽に見える人は、まだまだお若いと思う。
 小説は難しかったんだよ。
 そして今でも、本当は難しいんだよ。
 小説にはどっかに「ブンガク」という尾てい骨があって、漫画ほどフリーダムなことをやっているわけにはかない。
 フリーダムにやっていれば、一時は何とかなっても、早晩潰れる。
 ブンガクとエンタテインメントの切り替えが、あっさりできるようになるまでには、最初から「漫画学」の存在しない人たちより余計に時間がかかる。

 ワタシは文学なんて書いてないわ、という字書きさんもいるだろう。
 だけど、ボクらが誰も尻尾を持っていないけど尾てい骨があるように、ブンガクは小説の中に尾てい骨として残っている。
 その尾てい骨を切り捨てたと思われる物が、ケータイ小説なのかもしれない。
 だけど、その尾てい骨のないケータイ小説を、大半の人は、別種の物のように受け止めている。
 ヒトとチンパンジーは似ている。ニホンザルともまあ、似ている。けど、さすがにヒトとパンダとは似てないなあ、共通項哺乳類くらい? の違い方で。


 絵描きさんは、負担が大きいと思うなら、はっきりそういえばいい。
 いや、そう言うべきだと思う。
 絵描きでも字書きでもない「同人誌編集者」という立場からすれば、それは言ってくれないと困る。

 あとまあ、アレだ。
 若い字書きさんは、同人誌編集者、つまり他人様の原稿も預かるなら、漫画の勉強もした方がいい。
 ホントわからなかったら適当に加工する前に訊いて。つか、やるから。一旦描いちゃったら、あとでどうこうする作業は、絵の方が楽だから。特にデジタルになった今、格段にラクチンだから。チャットの片手間でもできるから。
 ・・・ごめんなさい嘘です。それで何回OS固まったか_| ̄|○


 つまり、執筆から編集から何でもできてやっと一人前のボクらの世代より、個人で何でもやっちゃえばいい30代以下の皆さんの方が、そもそもスタート地点でものすごくラクチンなんですよ。
 漫画がー小説がー、って騒いでるお嬢さん方は、昭和50年代にタイムスリップしたら、何も作れないと思います。だけど、タイムスリップする可能性はないから、安心して同人誌を作って下さいね。
 21世紀サイコー!!!!!


80年代に流行った言葉が、実はものすごく恥ずかしい。
 或いは、バブルの頃の流行が。

 例えば、「ギグ」なんて今さら言われると、妙に恥ずかしいんだぜ。

http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A5%AE%A5%B0&kind=jn&mode=0&base=1&row=1

http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=gig&kind=ej&mode=0&base=1&row=1

 特に、アレだ。
 ガリューウエーブなんかに言われると、もう絶対親のせいだと思っちゃうんだぜ。
 コイツらちょうどボクの子どもくらいのお年頃だからな、子どもいないけど。こぬこならいるけど。

 ごめんよ、かーちゃん日常会話では絶対使わないから、ごめんよ。

植木等。
http://www.asahi.com/obituaries/update/0327/005.html

 一度だけ、起業祭で、生クレージーキャッツを見た。
 もう視力が落ち始めていたから、夢の中のような記憶。

 でも、忘れない。
 ありがとう。

植木等さん死去 80歳 「無責任男」で一時代
2007年03月27日20時41分
 コミックバンド「クレージーキャッツ」のメンバーとして「スーダラ節」を大ヒットさせ、高度成長期のサラリーマンの悲哀を笑いに転化させた映画「無責任男」シリーズで知られる俳優の植木等(うえき・ひとし)さんが27日午前10時41分、東京都内の病院で、呼吸不全のため死去した。80歳だった。葬儀は近親者のみで行う。後日、お別れの会を開く予定。喪主は長男廣司さん。

 三重県の浄土真宗・常念寺の住職の息子で、小学6年で僧侶の修行のため東京に出る。音楽青年で東洋大卒業後、57年にハナ肇さんが結成した「クレージーキャッツ」に参加。テレビ番組の「シャボン玉ホリデー」にグループで出演し、「お呼びでない」などのギャグが当たった。

 61年には「わかっちゃいるけどやめられねえ」のフレーズで知られる、青島幸男さん作詞の「スーダラ節」が大ヒット。62年の映画「ニッポン無責任時代」(古沢憲吾監督)での「無責任男」は代名詞に。いい加減で底抜けに明るく、要領の良さだけで出世街道をゆくサラリーマンを演じ、時代の寵児(ちょうじ)になった。

 70年代後半からは性格俳優に脱皮、85年に黒澤明監督の「乱」に出演。木下恵介監督「新・喜びも悲しみも幾歳月」などの演技で、87年に日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞した。93年に紫綬褒章を受けた。




アンリエッタ先生を推理する。
http://2log.blog9.fc2.com/blog-entry-1812.html
 こんなのをみつけた。
 いわゆる、肉筆回覧誌だ。
 残念ながら私は、こんな本格的な肉筆回覧誌の経験はない。
 参加したファンダムは全部オフセット印刷だし、もちろんってこともないけど、新星雲もGALAXY vol.1からオフセットだ。

 実はこれ、全然すごくない。
 当時、モノクロのコピーは一枚50円以上。
 軽オフセットで印刷してもらうと、100枚2000円くらいだったからだ。
 自分たちで製本しさえすれば、軽オフ誌の方が安かったのさ(^^ゞ

 いや勿論、「肉筆回覧誌を作ってみよう」つって、それっぽい物は何回も作った。
 けど、それはもうあくまでも、「原画の回し見」に過ぎなかった。
 私に、というか、私たちにとっては、既に、「肉筆回覧誌と青焼きコピー」は、「先輩たちがやっていたらしいもの」になっていたわけだ。


[もうちょっとだけ続くんじゃ]

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