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リンク「好き」にはスゴイ力があるんだよ! |
| アニパロとかゲームパロを書くようになって、気付いたことがある。 それは、何かお話を書くに当たって、「好きなものを書く」というコトの大切さだ。 好きなものを好きなように書くのは、当たり前のように言われるけれど、意外と難しい。 自分のオリジナルだったら、敵役や、憎まれ役まで含めて、自分が生み出した子たちだから、全部大事だ。 だけど、他人様の世界観を拝借するパロディとか二次創作とかいうモノになると、どうしても好きなキャラクターと嫌いなキャラクターがいる。 連続物だと思い通りにならないことも多い。 設定が破綻して、どげんかせんといかん、という気分になることもある。 まあ、ダメなモノはダメだからしょうがないんですけれどね(^^ゞ ダメ、と、嫌い、は、実は違う。 ダメでも好きな物はあるし、好きでもダメな物はある。 ダメだけど好きだ、好きだけどダメだ、という感性は、多分、子どもの内はわからないんだろう。 どんなにダメでも、好きであれば、優しくなれるはずだ。 好きなものを書けば、どんなに悲しい物語でも、優しくなる。 その優しさは、甘やかしではなくて、何ていうんだろう。 ぜったいに、とは言わないけど、伝わるはずなんだ、読んでくれる人に。 実はこの世には「仲間に厳しめ」というカテゴリのあるジャンルが存在する。 主人公以外のキャラクターを嫌悪したり憎悪したりして、その憎しみを糧に創作している。 それは、読んでいてもとても辛いし、書いている人もとても苦しそうだ。 だって、好きじゃないものを書くんだもの。 今のところ、ひとつのジャンルでしか聞いたことがないけれど、これは広まらないで欲しいと思う。 私はその原作を未プレイだけれど、もしかしたら、ダメなのかもしれない。 たいそう売れたようだけれど、売れたからってダメじゃないとは限らないのは、目の前のソフトが体現している。がっかりだよ。 ダメだけれど愛おしくてたまらないので、私は彼らを借りて物語を書いている。 「好き」には、ダメを超越するパワーがある。 嫌いとか憎いとかいう負の感情にもものすごいパワーがあるけれど、そんな超常マイナス飛びきり全壊パワーは、悪の超能力者が地球を滅ぼす用にとっておけばいい。 いうなればこれも、言霊の一種だと思う。 好き。大好き。 そんな言葉の力の方がいい。 せっかく遊ばせてもらうなら、人に優しくしたいじゃないですか。 さて、ここでひとつ白状しよう。 いま私の脳内では、101回目のプロポーズの時の武田鉄矢が、贈る言葉をBGMに佇んでいる。 ヒトは、誰かが好きだったら死なないでいることもできるし、人に優しくなれると思う。 ネタ元がよくわからない人は、「101回目のプロポーズ」や「贈る言葉」で検索すれば、どんなステレンキョウな状態か、ガッテンしていただけると思います。 ブログパーツにガッテンボタンってないのかなあ<ホントもう何書いてるんだよ自分・・・。 |
北米版逆転裁判4のダイアンさんは名前がカッコイイ。 |
| 見聞きした話だけど、「Daryan Crescend」さんなんですって、眉月大庵さん。 かっけーヽ(゜∀。)ノ crescendoだと > 【楽】次第に強く(なる)(こと,音); (勢いなどの)盛り上がり; 〔話〕 クライマックス 一方、crescentだと > 三日月; 新月(の); 三日月状の(もの); 眉月は、三日月のことだから、多分、音楽用語と三日月と、両方の意味を掛けているんだろう。 アメリカのスタッフ、ものすごくセンスいいんじゃね? ひゃっほーい。 カッコイイよダイアンさん! あのまま消えるのは絶対モッタイナイよダイアンさん。 いやあ、多分オイラ、ダイアンさん大好きだね! 私は少し落ち着いた方がいいよ。 |
逆転裁判4の人間関係は、血縁を含めて鬱陶しい。 |
| 以前ここで、キャラクターの考察をすると言って言いっ放しだったが、今日は序説を。 フィーリングだけでうまく作ってあるもので、逆転裁判シリーズは、ヒーロー、ヒロイン、ライバル、トリックスターが揃っている。 123で言うと、ナルホド、真宵、御剣、矢張である。 ヒロインを別にすると、「ぼく」「私」「オレ」という一人称が(三者三様であり、また、漢字とかなの使い方が絶妙だ)そのこだわりを感じさせる。 4に当てはめてみると、王泥喜、みぬき、響也、霧人、ということになる。 アニキがトリックスター(道化)だなんて許せないザマス! カッコイイ弁護士なんザマス! と言いたい人はごめんなさい。 「オレ」「ぼく」「私」。 意識してなかったのかも知れないけれど、期せずして、アニキはトリックスターである。 というわけで、メインキャラクターはこの4人である、として、話を進める。 王泥喜法介の立場。 ヒロインである異父妹の父親を殺したのは自分の師匠で、ライバル検事は殺人犯にして師匠の弟。 成歩堂みぬきの立場。 実父を殺したのは王子様みたいなライバル検事の兄で、ヒーローは自分のお兄さん。 牙琉響也の立場。 ライバルの実妹のお父さんを殺したのは自分の兄。ついでにバンド仲間が別の事件のハンニン。 牙琉霧人の立場。 ムカつく奴を殴り殺したら、そいつの娘がなんとお弟子の妹でした。 うっわ、うっとーしい。 お話、作り難っ。 これは、みぬきちゃんを天然というか三本くらいネジの外れたキャラクターにするしかない。 もし、計算で成歩堂みぬきを作ったんだとしたら、本当にすごい。 考えずに作ったんだとしたら、ユーザーが感じる違和感、いわゆる「イヤ〜ンな感じ」も致し方ない。 元々、逆転裁判は、キャラクター使い捨てのショートストーリーの連作だ。 強烈な犯人も大物の権力者も、使い捨てだ。 そこでどんな面倒な設定があっても、二度と出てこないから、もういいのだ。 2作目を作るにあたって、「前作のラスボスの娘を新たなボスキャラにした」のが、歯車の狂い始めだったのかも知れない。 このあとは、怒濤の「血で血を洗う血縁のどろどろ」物語に発展していく。 その、どろどろを、また持ち込んだのが4作目だ。 前回より、さらにややこしい関係として。 もしこれらを、「なかったかのように話を進める」のだとしたら、何のためにふた組のきょうだいを出したのか、まったく意味がないことになる。 一方で、みぬきが仇にこだわり、その実弟を仇の弟という視点で見つめるとしたら、ヒーロー、ヒロイン、ライバルの関係は、信頼ではなく、仇敵同士になる。 少年ジャンプのように、それを乗り越えて築かれる熱い友情、というには、法廷では少々。舞台設定が難しい。 いや。まったく。 何のためにふた組のきょうだいをメインキャラクターに据えたのだろう。 ふた組のきょうだいであることが、話の幅を狭め、会話を発展しにくくさせている。 関係に気がつけば書き進めにくくなり、気付かずに書いていれば違和感がある。 もしかして作家はドMなのか。 まあ取り敢えず私は腐女子なので、「響也くんはトイレなんか行かないやい!」みたいなお綺麗でお可哀想なポジションを、もっと壊してくれとは思う。 せめて、泣いたり喚いたりくらいさせてくれ。 でないと、火のないところに煙を立ててほもにするぞ<もう立ててるじゃないか<じゃ花火を打ち上げる。 |
2ちゃんねるは既に荒れていた。 |
| http://shinseiunkaicho.blog8.fc2.com/blog-entry-91.html ここで書いた手前、有言実行しようと思って、2ちゃんねるに行ってみた。 既に大荒れに荒れているっていうか、アレですね。 4の話は、本当にタブーみたい(^^ゞ いやー。 改めて読み直してみたら、ワカモノ達はホント、オール・オア・ナッシング様に取り込まれていらっしゃる。 あれはいつ頃だったかな。 岡田斗司夫さんの著作だったと思うんだけど、「○○は駄目だ、でも好きだ!」と言えるようになった、という文章を見て、ちょっとだけ、目から鱗が落ちた。 好きな作品を「しかしあれは駄作だった」と言う。 その上で「好きだ」と言う。 そのころ私は、Weiβという作品が好きで、好きなのだけれども作品が迷走していて(今でも迷走しているのだけれど)、どうしようもない気持ちを持て余していた。 岡田さんの信者ではないのだけど、これは非常に、私にとって有り難い言葉だった。 逆転裁判4に関しても、全く同じで、「逆転裁判4は駄目だ、でも好きだ」という気持ちでいっぱいだ。 ただ、ここで完結できないことに、この作品はおそらく続く。 続いて、完結した上で、駄目だという判断をするか、駄目ではなかったと評価を改めるかは、これからの作品に掛かっている。 コンサートをやろうと、外伝を作ろうと、それ自体は、構わない。 日頃クラシックを聴く機会がない人たちが、オーケストラアレンジを聴いて、交響曲に興味を持ってくれたら嬉しい。私は交響曲が好きだ。やかましいという人もいるけど。 外伝は外伝で、例えば、ボードゲームのようなものだとして、検事側のキャラクターで遊べたら楽しいだろう。 いやまあ、それでも、「検事が使えるなら亜内さんが何故ないんだ」とか「女の子が使えないのは何ごとだ」という文句も出るんだろうけど<そんな文句を言うのはオマエだけだ、多分。 そういうゲームを作るときに、ついでに「今、4の世界に登場していない、123のキャラクターは4の時点でどうしているのか」ということに、制作者が思いを馳せてくれるといいと思う。 先だって、ゲーマガという雑誌に書かれていたキャラクターデザイナーが、「この場にいないキャラクターのことも想像してください(大意)」と書いていらした。子供たち、というには、この雑誌の読者は無理があるのだろうが、物を見るときに、そういう想像力を巡らすのはとても大切なことだ。 制作者の立場として、しばしば巧氏が発言する「書かなかったことは考えていない」ということとは対極にある発言である。 物語を作る上で、どちらがより厚みが出るかというと、当然、前者である。 4よりあと、5、6の物語を作るときには、この岩元氏の発言に、もっと重きを置いて欲しい。 登場しないとしても、あの世界のどこかにいる、真宵は、春美は、御剣は、冥は、イトノコは、その他のキャラクターはどうしているか。その場にいるとしたら、成歩堂や王泥喜に対して、どう接するか。また響也や茜に対してどういう指導ができるか。 それを考えていけば、自ずと4で薄い薄いと言われているキャラクターたちも肉厚になっていくに相違ない。 謎解きの部分はさておき、「キャラクターメイキングのためにプレイしてみる」のなら、攻略本を見ながらだと十数時間で1本クリアできるだろう。 遊びではなく仕事としてなら、2週間もあれば、4作をプレイ可能なのではないか。 次回脚本を書く人は、巧氏を含めて、そういう勉強をやり直して欲しいと思う。 創作はフィーリングだけではできない。 フィーリングでどうにかできるところを越えて物語を創作せねばならないとき、作品論や、物語論などの、「理論や理屈」が必要なのだ。 先人の言葉を借りるなら、こういうことだ。 「いなくなってしまった人達の事、時々でいいから・・・思い出して下さい。」 |
逆転裁判シリーズは、いったいどこへ向かっているのか。 | ||
| 特別法廷でオーケストラコンサート!? 「逆転裁判 特別法廷2008」4月20日開催決定! > 東京フィルハーモニー交響楽団がオーケストラで演奏するもの。 東フィルですってよ奥さん! しかも、 > ・S席 5,800円(税抜)お土産付き/全席指定 ですってよ! 短いのかもしれないけど、東フィルでこのお値段はお得ザマスよ! だけど。 > 【ゲスト指揮者】巧舟 <註:ゲームのディレクター。 ってなんじゃそりゃぁぁぁぁッ! 基本的に、出たがりなんだろうなあ、とは思う。 主人公の声優さん、この人だし<携帯ゲーム機なのでプロの声優さんは使っていません。皆、素人です。会社は違うけど、豪血寺一族もゲームのキャストは社員です。 自信家なんだろうな、とも思う。 よっぽど自信がなきゃ、アレは作れない。色々な意味で。 けど、指揮か・・・そっかー。 まあね、クラシックはほら、いろいろ大変ですから、小学校へ出張して、子どもに指揮体験とかね、そういうのもやってるからね。 天下の東フィルでも、そういうの、慣れてるかも知れないね、うん。 スコアとか、読め・・・ないよね。 若いっていいね。 いやあ(^^ゞ おっかねえ。 ところで。 > 現在進行中の新企画「NEW逆転 NOT裁判」についての発表が行われるようだ。 (・ ∀ ・)!!!!!!!!!! 5は?! 逆転裁判5と6で、4のいつの間にか張ってあった伏線を回収するんじゃないの? 大風呂敷畳まなくていいの? それとも、大風呂敷広げたことにも気付いてないの?<その可能性は否定できない<多分伏線もいつの間にかこんなところにっていうパターンだと思う。 どこぞの御大とか温帯ってレベルじゃなくね?<それじゃわかんないよ<わかんないように書いたんだけどね(^^ゞ この兄ちゃんは、指揮なんかやってるヒマがあったら、物語を作る方法の勉強をした方がいい。 新章は取り敢えず開廷したけれど、物語はまだ始まっただけだ。始まったばかり、とすら言えない。 宝探しも敵討ちも、何一つ成し遂げていない。 全ての登場人物が取り敢えずいろいろな物を失っただけで一本作ったゲームは、「物語」として完結するのだろうか ちょとね、ここは、弟が可愛いとかアニキが愛おしいとか、ダイアンさんカムバックとか、そういう次元を越えて。 ホントこの兄ちゃんは、王泥喜法介の物語をやる気はないのでしょうか。 もったいないったらありゃしないヨ! ・・・本気で心配になってきた。 ----- というような日記をmixiで書いたあと、同じニュースに対するコメントを読んで回ってみた。 世間では概ね、好意的に捉えられているようだ。 穿った見方をしてしまうのはオタクの悪い癖か、と思うのと同時に、若い世代が「与えられる物を無批判に受け入れる」ことへの不安も残る。 好きか嫌いかの二元論で中間がないな、とか、プロが作った物を盲信して、自分の感覚で物を見ることをしないな、という印象が21世紀になってからますます顕著に思う。 ファンだからこその忸怩たる思いを、経験することはないのだろうか。 その思いが、次の物語の創造に繋がるだろうに。 逆転裁判4は好きだ、でもダメだ、という悔しさ。 これだけの素材を用意しておきながら、どれひとつ消化できない勿体なさ。 この気持ちはどこにぶつければいいのだろう。 1.2ちゃんねるを荒らす。 2.ほもな同人誌でも作る。 ・・・そういう2択かよ!!!! いや、ちゃんと批評批判をするべきだと思うよ。 そういう場があるかないかは別にして。 なくはないけど(こことか)、カクジツに身内しか見ていない、っていう(^^ゞ ゲーム批評みたいな雑誌は、必要だと思う。 いうなればゲーム界の暮らしの手帖。 この記事とは全然関係ないけど、暮らしの手帖の吉兆味ばなし、大好きでした。
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